ここ日之本の春は、
少しずつ、行ったり来たりしながらやって来るもので。
上着も要らない、ほかほか暖かだねぇと和んだすぐ次の日には、
霜が降りたり雪が降ったりもしかねない。
この春はその“暖かだねぇ”の日がなかなか来ないままなので、
暦の上だけの…とはよく言うけれど、
本当に弥生三月なんだろかと疑いたくなるほど、
いつまでも足元が冷える朝が続くは、
なかなか菜の花が咲かないわ。
「梅は咲いたんですけどね。」
「まあ、あれは寒さの中でも咲く花だしな。」
暑くとも寒くとも不平をこぼすお館様。
ここ数日ほどは、
いつになったら暖かくなるんだ馬鹿やろめと、
ぶつぶつこぼしながら炭櫃をつついておいでだったが。
『こいつぁ ちょっとばっか、
覚悟して用心しないとマズイかも知れん。』
行ったり来たりどころか停止状態としか思えぬ停滞振りなのは、
南側の海上の気団に、
大陸からの冷たい気団を押し上げるだけの力が足りないからで。
からりと晴れた日が続くもんだから、
体感する暖かさに誤魔化され、悠長に構えていたけれど、
『ちゃんと冬場の衣紋で通さにゃあ、
油断していると風邪を拾いかねねぇぞ。』
直接浴びる陽光にぬくいぬくいと油断していると、
陰った途端、すすすっと冷える。
そういう性分(タチ)の悪い日和なようだと、
屋敷の皆へ“警戒せよ”と命じていらしたお館様であり。
「よその屋敷じゃあ、具合の悪くなる人が続出だそうで。
この陽気なのに面妖なと、こちらの様子を伺うお人もおりますよ。」
平安の時代では、
冷たい気団がどうこうという科学的な理屈以上に
霊的存在の悪ふざけの方こそ本気で案じられた要素であったため。
何か例年とは違う“気”が巡っておるのだろうか。
疫神の仕業とかいうのなら、どういう対策を取ればいいのだろうかと。
神祗官補佐にして名代の陰陽師でもある、
こちらのご当主様はいかがしておいでかと、
探るような言いようをされることが増えたと告げる書生くんなのへ、
「どっちにしたって、
俺らの修めてる“学問”の範疇には違いないのだがの。」
こたびのこれは気候の理屈から来る寒さ。
とはいえ、霊的な何やかやという存在も、
一切居ないと切って捨てるワケにもいかぬところが業腹で。
確かにそういうものが祟って起こる現象もある。
世迷いごとよと笑い飛ばせる話もあるが、
そうでない脅威もあることを肌身で知っているし、
そっちの眷属ら、馴染みにも居る身だからややこしい。
単なる念仏や呪詛以上の術式として、それらを調伏する術を知っているのは、
それらの“実在”を知っておればこそであり。
「そのうち、
学問やら道理やらを広く誰もが修めるようになったなら、
妖しきものらはどう説明されるのだろうな。」
自分やセナのように、感覚が鋭いからこそ見える者ら。
感応では自分らにやや劣るが、
その分がっちり研究した上で実在すると認可している一族などには、
世界はなんら変わらぬが。
世間一般を満たしている“普通”の人々には、
そういった知識が盲信からの開眼につながりながら、
同時に別なものへの、例えば畏怖やら敬虔さやらを薄めるかも知れぬ。
「おやかま様〜vv」
「おお、くうか。」
綿入り袷に袴という、動きやすい身軽な恰好は変わらぬが、
実は冬毛のふさふさしたのをまとっているがため、
いつまでも寒くても平気の平左だという仔ギツネ坊や。
今日も元気に裏山まで伸してったらしく、
ふわふかの頬をほのかに赤くし、
楽しく遊んで来たの〜という余韻をたっぷり抱えたまんま、
庭から回っての直接、広間へ駆け上がって来。
「こえ、あぎょんに もあったvv」
はいとお土産と差し出す小さなお手々には、
茂みから手折ったらしい、葉つきの小花の小枝が1本。
小さい花が五つ六つ固まっている姿が可憐な、
それはいい匂いのするこれは…
「あ、沈丁花じゃないですか。」
花こそ地味に小さいけれど、
春の到来を知らせるやさしい香りは、
梅のような馥郁たるそれじゃあなくの、
むしろ判りやすいほどに強くて甘く。
これもなかなか咲かなかったけれど、
「阿含さんには陽あたりのいいところが判るのでしょうね。」
「そうさな。」
何せ相手は蛇の地神だしのと、
そこまでは明かしていないセナくんを相手に、
単なる裏山の住人だとぼかしたまんまで蛭魔が応じれば、
「そんな危ないもん、何で子供に持たすかな。」
ぶつくさとさっそく文句が出たのが、
他でもない黒の侍従こと、葉柱だったりし。
「危ないもの?」
お花がですか?と小首を傾げるセナなのへ、
「おうさ。その花にはな毒があるのだ。」
「実に、だろうがよ。」
何をそんな、手柄でも上げたように言い張るかなと。
すかさずという間合いの詰めようで、
蛭魔が付け足しの言を添えたのは。
毒と聞いて“え?”と青ざめかけたセナを安心させるため。
「この花はの、
花びらを煎じれば口内炎やら歯痛への薬になるものの、
実の方は結構な毒になるらしくてな。」
蜥蜴の総帥の言いよう、
確かに間違ってはないと重ねて述べてから、だが、
「……ただし、日之本に渡って来たのはほとんどが雄の株だ。」
イチョウと同じで、この花の木には雌株と雄株がある。
実がなるのは雌株なので、
「そっか、よかったぁ。」
納得がいって、ほおと胸を撫で下ろしたのがセナならば、
そんな大人の会話には まだまだついていけぬか、
「うや? こあいこあいなの?」
何がどうしたんだかと、
おつむのてっぺんに結われた甘い色合いの房髪をふりふり、
皆さんを見上げてキョトンとしている仔ギツネ坊やだったりし。
後でコトの顛末を聞いたあぎょんさんから
腹を抱えて笑われても知らないぞ? おとと様vv
〜Fine〜 12.03.21.
*アメリカはポトマック河畔の桜並木が
今年は早めに満開とのニュースを聞きましたが、
逆に日本では今年は春が遅いのだそうで。
タケノコもなかなか見なけりゃあ、
春の花々もなかなか咲かぬ。
晴れて日向にいる分には暖かでも
気温はなかなか上がらない…ので、
菜の花やツクシの“前線”も、
なかなか北上して来ないとのこと。
遅れはするけどお目見えはするそうなので、
案じなくともいいそうではありますが、
いつまでも寒いのはかないません。
早く暖かくなってほしいものですね。
めーるふぉーむvv

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